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zoom RSS 芭蕉庵と川のある町

<<   作成日時 : 2010/09/05 09:58   >>

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隅田川につながる運河の一つとして
江戸時代に作られた小名木川
(ここはかつて、芭蕉が小舟を浮かべて月を楽しんだとか)
が流れる町に越してきて数ヶ月。
夏休みを利用して、自転車でプチ下町散策。

深川を中心に下町と言われるこの一帯は、
小名木川だけでなく、他にもいくつもの
運河が町を縦横して、今でも川と橋の町という感じ。
江戸時代の水運の発達をしのばせてくれる。
それぞれの橋に昔ながらの橋の名前が残って
いるのも嬉しい。

また、深川の芭蕉庵のあった「芭蕉縁の地」と言うことを始めとし、
歴史的史跡や、古い社等、歴史を感じさせてくれる
場所がそこここにあって楽しい。

画像
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自転車をこぐこと約15分。
深川芭蕉庵跡、芭蕉稲荷、そして
芭蕉記念館へ。


近くに行くと、「芭蕉庵へ」という標識が
道々にあるので、わかりやすい。
最後の小さな路地に曲がるところでは
路の端に、朝顔が咲いていて、まるで
道標のよう。(^^)
  ここで挨拶代わりの一句
         朝顔は路の標(しるべ)か芭蕉庵

芭蕉稲荷にお参りし、芭蕉庵跡へ、
そこは、隅田川を目の前に見渡す
見晴らしの良い川沿いの地。
こういうところだと、句もわいてくるだろうなとか、
ここから隅田川を見ながら芭蕉は句作をしていたんろうなとか
思いが馳せる。
芭蕉像が、隅田川を見守るように鎮座している。
その像は近年設置された新しいものだけれど、
芭蕉は、(芭蕉の魂は)数百年もの時空を超えて、
そしてこれからもこの隅田川を見ているのだろうなという
気持ちになってくる。

それは、また多くの人々の願いかもしれない。
芭蕉という俳人がこの地にいたこと、
その人物の成し遂げたことやその人が創り出した
俳句の世界が生き続けてほしい、伝えていきたいという思い。
それが、こうした史跡や像という形になっているのだろうなあ。
そして、そういう人々の願いや、過去のことを思う「想像力」がある限り、
芭蕉の俳句の世界や魂と言うのは、存在し続けるのだと。

ふと、芭蕉が唱えた「不易流行」という言葉を思い出した。
(世の中は時代と共に変わっていくもの=流行
と、時代が変っても、普遍的に変らないもの=不易
の両面が存在するということ。また俳句にもその両方が兼ね備えて
いなければならないということ)

今、私たちが見るビルの囲まれた隅田川の景観と江戸時代の景観は
もちろん違うし、時代も社会もどんどん変化する=流行

でも、その史跡をたよりにして、その地に生きた人のことや
成し遂げたことを想像し、思いをはせること、そしてそれを
未来へ伝えていこうすること、それが「不易」というものなのではないかと。
史跡によせる人々の想像力や願いこそが、不変そのものなのだと。
それがある限りどんなに、社会が変り、景観が変っても大丈夫なのだと
思う。

だから、ビルに囲まれ、近代的な橋の架かった
隅田川であっても、それでよいのだと。

そんなことを考えていると、
芭蕉が生活したこの地で、同じ風を感じていることが
愛しく感じられた。

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