たまゆら草紙

アクセスカウンタ

zoom RSS お七に恋?ーその2ー

<<   作成日時 : 2013/02/04 22:18   >>

トラックバック 0 / コメント 0

お七に恋した私は、よりその人に近づきたいという次の行動
ゆかりの地―お墓のあるお寺―を訪ねるという行動に出ます。

お七のお墓のある文京区「圓乗寺(えんじょうじ)」は、
お七の檀家寺だったそうで、
お墓は、江戸時代の寛政年間、お七を演じて名を馳せた
歌舞伎役者四代目岩井半四郎が供養のために建立したものの
ほかに、住職や近所の人々がそれぞれ後世に供養のために
建立し、三基ものお七のお墓があります。
(それほど、お七はやはり多くの人に同情されていたのでしょう)
現在は、地下鉄の駅のすぐ近くの住宅街の中に
ひっそりとつつましやかに存在しているお寺です。
画像


「お七をやりますのでよろしくお願いします」

「どうか舞台が無事務められますようお守りください」

とご挨拶とお願いをし、お七ゆかりの「はしご」
(火の見櫓のはしごを登るところがクライマックス)を
型どったお守り(写真)を買い求めました。
画像

何だかお七に守られているような
安心感があり、気持ちだけは、かなりお役に近づいた
つもりになって満足感を味わったりしていますが、
現実はそう甘くありません。

振りが入るころから、本当の恋の苦しみ?でなく
踊りの苦しみが始まります。
今の苦しみは、どうやったら「人形振り」になるのか。
(まだその先に人形遣い役の後見さんとどのようにうまく
身体の動きを合わせるかという大きな課題もありますが、
とりあえず、「今」の課題)

    *人形振り:人間が文楽の人形のように演じることで
           よりその思いの強さや高揚を表現しようとした
           日本舞踊・歌舞伎の演出の一つ。
師匠の達也先生いわく
「文楽の人形の動きと同じことをその通りにやったって
 人形らしくは見えないよ。」
「でも文楽はちゃんと見ておきなさいよ」
「人形と全く同じに見えるんだったら文楽の人形
見ていればいいんだから、人形振りにはならないよ。
人形振りはあくまで踊りなんだからね」
う〜ん。難しい!

整理してみると
1、文楽のお人形は、「より人間らしく見えるよう工夫された動き」
をしているのだからその通りを真似しようとしても、
人形らしく見えるはずがない。
従って
文楽の人形がどんなに人間らしく見せようと思っても
人間らしく慣れない「ぎこちなさ」を誇張して表現することで人形らしくなる。
2、人形らしく動くことばかりに集中してしまって、
一途さやけなげさという肝心な役どころをおろそかにして
しまってはだめ。踊りとしての様式美もなくなる。
(ということかな)

そもそも人形振りは、役どころを生身の人間より、
より効果的に表現できるようにということで
できたものだから、お七の一途さやはかなさー心―が
その動きから伝わらず、ただの人形になったら確かに
意味がないですね。

それではということで
国立劇場の視聴室に行って、過去の文楽公演
日本舞踊の公演、歌舞伎の演目何種類かのものを
ひたすら見てきました。
確かに、文楽のお人形さんの動きと
人間の人形振りの動きは違います。
文楽の方が却って腕の動きがスムーズだったりします。
人形振りをやっている踊り手さんも人によって
そのやり方は様々。より人形に近く見える動きをしていても
必ずしも切なさや、一途さが体中から伝わるとは限らない。

頭で何となくイメージはできましたが、
自分の体をじゃあどう使うかとなるとまた
話は別で、これからなが〜い道のりです。

焼き殺されても男故ちっともいとわぬ。また大事ない
という唄の下りで、
「う〜ん、それは違うよ。」
と心の中で呟いてお稽古しているようでは
まだ、まだですね^^;

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
お七に恋?ーその2ー たまゆら草紙/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる