和と洋の踊りーその3-曖昧さと明確さ

日本舞踊をやり始めてすぐに、とまどったことの一つが
この曖昧さだ。何が曖昧かというと、手脚を出す方向や
身体の重心のかけ方(左右のどちらに重心があるかということ)、
である。

まず方向について。
洋舞であるバレエでは、体の方向は、前(正面)、横、後ろの三方向
(いわゆる90度の方向)にぷらす、斜め前や斜め後ろ
(いわゆる45度の角度の方向)があるが、
手脚を出したり上げたりする方向は、基本的に
前、横、後の三つのどれか(つまり90度の方向のみ)で、
それ以外は存在しない。
正確にそのポジションでなく、
少し斜め後ろなどに脚を上げたりすると
先生から「そんな変な方向に脚を上げない!」
としかれたものだ。
 それに対し日本舞踊は、前、横とはっきり90度の方向のときも
あるが、手脚を出す方向も90度以外の微妙な方向に出すことが、
結構多い。
例えば、男の踊りで、脚を上げるようなとき、真正面の前でもない
けれど、やや、斜めに開いた前というような微妙な位置に
あげる。これは言葉で、どの方向とか、数字で何度と表せない
微妙な曖昧な方向。
今でも一番いいところはどこなのか、鏡をみては考えてしまう。

次に重心のかけ方の方。
洋舞であるバレエでは、重心が左右のどちらかということは
完璧なほどに、はっきり決まっている。
脚の重心は、両方均等にかかっているか、片足だけに100%かの
どちらかで、片足に、70%もう片方の足に30%というような
曖昧な重心のかけ方はない。
例えば、ピルエット(その場で片足を膝のところにつけた状態で回転すること)
では、回る瞬間、片脚が床から離れた瞬間、軸の脚だけに100%重心という
具合だ。
様々なバレエのポーズも両足に均等か、どちらか片方に
完全にのってしまうかのどちらかで、非常に明確になっている。

だが、日本舞踊では、重心のかけ方が、そうぱっきりと
なっていない。
完全に重心が片方にかかる、軸脚というのはなくて、
片方の脚が中心に回っているけれど、もう片方の脚でも、
回るの助けながら何となく両脚で回ってるというような感じの
ものが多い。(動きによっては、最初から片脚あげて、
完全に片脚という特別なものもあるが)
見得を切るときも、一旦片足を放り出し
両足を開いてポーズをとるのだが、このとき、両脚均等に
5:5の重心でもなければ、片脚に全てというわけでもなく、
7:3あたりで、これもその人の身体よって微妙で、
明確に数字にできない。師匠も「まあそれぐらいの割合かな」
と言われるくらいで、自分で一番いい安定した、割合を見つけな
ければならない。7:3などという曖昧な重心のかけ方は、
バレエだとまさにNGである。

手脚の方向の曖昧さと、重心のかけ方の曖昧さが
一緒になると、見得を切ったりして、一瞬止まっているときに
造詣的に身体が空間で、二等辺三角形の形をなしていることが
多い。
空間における身体の二等辺三角形の造詣ということを考えた時
日本の華道、庭園、絵画、書などの伝統文化に見られる
造形美の特徴の一つ、
何かを半分に折ったようなシンメトリック(対称)な空間を
造ることを嫌い、左右が不均衡な、いわゆる二等辺三角形的な
造詣を好むことに共通しているのかもしれないと思った。
そしてその不均衡さの加減は、これまた曖昧で微妙である。
対して
西洋は、シンメトリックな造詣美を好む。
伝統的ヨーロッパの庭園や、フラワーアレンジメントに
見られるように、まるで定規で線を引いて、そこから半分に
したように、見事な人工的対称を空間に作り上げている。
これを、日本庭園のつくりや、生け花の造詣と比較すれば
一目瞭然に違いがわかる。
そうした伝統的美意識の違いが、
踊りにも影響しているのではないかと、
これまた私の勝手な私見である。


この記事へのコメント

この記事へのトラックバック