雨の寺

終日(ひねもす)の雨受け止めし蓮(はちす)かな

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鎌倉の「光明寺」というお寺を訪ねた時の句です。
 
その日は、あいにく、一日中雨の降り続いた日でしたが、
伽藍、石庭の石の一つ一つ、お庭の木々や花など
境内の全てのものが、しっとりと雨に濡れ、
一段と静寂さも増しているような風情が味わえました。
その上、普通は8月に花が開くという蓮の花が、
今年は、いち早くきれいに咲いて、「蓮の寺」
としても有名なこのお寺の醍醐味を、味わうこともできました。

そもそも、この私がこのお寺を訪問したのは、なんと
「写経」をするため。
なれない写経などをしようと思ったのは、
ここ数ヶ月、故障の多い体の厄払いをして、
夏の舞台を元気に無事に踊れるように、
願をかけたいというかなり、俗っぽい動機から。(^^;)
(本来は、心のお掃除とかそういう精神的なもの
を追求すべきなのでしょうが・・・・)

でも、しっとりと濡れた雨のお寺で
タイムスリップしたような、ゆったりとした時間と空間は、
写経するのに似つかわしく、「無」の境地にはなれなくとも
つかの間、日常の俗を離れたような気持ちになりました。

写経をし、精進料理をいただき、ご住職の講和と、
琵琶の演奏を聞いて、
(ここのご住職は、琵琶の演奏もなさるのです!
雨の降るお堂で袈裟を着た僧侶が琵琶を演奏している姿は
「平家物語」の世界を彷彿させます。)
半日程このお寺にいた間、雨はひたすら降り続いています。
「悠久の時の流れ」という言葉が、自然と浮かんできそうです。

その中で、蓮の花は、大きな花びらと葉を、天に向け
手を広げるように、ひたすら、雨の滴を受け止めて、
艶やかに濡れています。
きっと終日、いえ雨の降る日はいつも
こうやって全ての雨滴をうけ止め続けているのでしょう。
蓮の花が、仏様に関係のある花のせいでそう感じるのか、
天からの恵みを、地上のために全て、受け止めているようにも
感じられました。
そうした思いで、蓮を眺めているうちに、できたものが
この蓮の句です。

先日、帰省して数年ぶりに参加した句会で、
この蓮の句と、同じこのお寺で作った

山門の太き柱の梅雨じめり

の二句が先生の「選」をいただくことができたのも、
この光明寺で、半日のプチ精進?をしてお寺で
過ごしたことの、ご利益かもしれません。(^ー^)

ありがたいことです。 ー合掌ー  


*この句を作ったのは6月の終わりですが、
本来、蓮の花(睡蓮)は8月頃に咲くものなので、
時間的なずれは、ご容赦いただいて、今日、
今月の句の一つとして紹介させていただきます。

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