小春日と羊羹

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   先週、中秋の名月
  にちなんで、教室の一角に、
  そこら辺から見つけてきた
  落ち葉や栗の殻といっしょに、
  和のミニチュア小物を飾って、
  小さな秋のコーナーを
  作りました。
  生徒たち(中学生)は結構
  面白がって、見たり、
  いじったりしてました。










小春日や羊羹のきめ こまやかに

たくさんの季語の中でも「小春」「小春日」というのは、
響きもかわいらしく私の好きな季語の一つだ。

ここしばらく、秋雨とも言うべき雨の続く日が多いが、
日曜日は、久々に、穏やかないいお天気の
小春日和ともいえそうな日だった。

陰暦十月の異称ともいわれるこの言葉は、
秋の終わりから、初冬の穏やかな
いいお天気の日やその日差しを意味するが、
これから、本格的な厳しい寒さの季節に入る前の
つかの間の、春のようなやさしい日和に感謝する気持ちと
その穏やかな日差しを名残惜しむ気持ち、そして、
厳しい寒さを乗り越えた後の春という季節への人々の愛着、
そんなものが混じり合ったものにも思え、やさしい言葉だと思う。
 
そんな穏やかな、秋の日和には
深みのある艶やかさと濃くのある羊羹が似つかわしいと思う。
冒頭の句は、皿に盛られた羊羹が、小春日和の穏やかな
日差しを受けて、艶やかにたたずんでいる様子。

そして、羊羹というと、私は、夏目漱石の「草枕」
の中にある羊羹の描写を思い出さずにいられない。
その一部は以下の通り。
「余は凡ての菓子のうちで尤も羊羹が好きだ。別段食いたくはないが、
あの肌合いが滑らかに、緻密に、しかも半透明に光線を受ける具合は、
どう見ても一個の美術品だ。ことに青味を帯びた煉り上げ方は玉と
蝋石(ろうせき)の雑種のようで、甚だ見て心持がいい―「草枕」より―」


さすが漱石先生
私がこんなことを言うのもおこがましいけれど
羊羹を、かくも芸術的に見事に表現されている。
「草枕」のこの部分を読んでからというもの、
羊羹は、私の中では格が上がり、
ちょっと特別な感じのする和菓子になった。

ただ、私は「別段食いたくはないが」とおっしゃる漱石先生と違って
穏やかな小春日に、おいしい羊羹とお茶をいただくのは 大好き

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