書の展示会によせて

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私が、お世話になっている金敷先生の主催で、書の展示会が
上記のように、池袋の東京芸術劇場5Fのギャラリーで
2・13日から、2・17日まで開催されます。
多くの方に足をお運びいただきたく、ご案内いたします。

金敷先生は、数々の大きな賞を受賞され、
御自身の個展も開かれているだけでなく
NHKの大河ドラマや、その他のドラマの書の指導をなさっている
大変活躍されている書道家です。
昨年の春、金敷先生のことなど何も知らずに、先生の個展を
見に行ったとき、その迫力と、一般的な書道の展示会というイメージと
かなり違う、何かモダンアートの展示会を見ているような
新鮮さ、斬新さに驚いたことを覚えています。

今回は、先生が指導されている方々の作品を中心にした展示会で、
その展示会に、不肖ながら私の作品も加えていただいております。


私の書というのは、筆を持っていることに意義があるという、
人に書をやっているなどと本来言うことが、恥ずかしいほどの
取り組みなのですが、それでもやっているのは、
次のようないきさつがありました。

学生のころ書道をやっていたり、
社会人になっても、数年書を習ったりしていたので、
筆を持つことにあまり抵抗がありませんでしたが、
渡米したこともあって、ずいぶん書には遠ざかっていました。

けれど、教員という職業柄、
筆を持つ機会は時々ありますし、
踊りの関係でご祝儀袋などに筆で文字を書いたりすることもよくあります。
ここ数年、以前に比べ筆が思うように運べず、
緊張して力が入っている自分に引っ掛かりを感じつつも、
踊りと仕事で一杯一杯で筆を持つ余裕など
時間的にあるはずもなく、仕方ないのだとそれでいいのだと
思っていました。

その一方で
「このままだと筆を持つことにますます力が入り、抵抗を感じ
筆を持たない人になってしまうかもしれない。」
という不安が強くなってきました。


それは、もう一つの私のささやかなこだわりに関わることでもありました。
古典芸能が好きで、それに携わり、
大切にしたいと思っている一人として、常々、一昔前の日本人が生活の中で
だれもが当たり前にしていたことは、普通にできるようにしたいと考えていました。
ですから着物を着ること、筆で文字を書くこと、せめてこの二つは、
ほんの100年程前までは、日常に日本人誰もがやっていたこととして、
私自身も抵抗なく、普通にできる人間でありたいと。
でもこのままだと、着物は着られても、筆は持つことは普通でない人になってしまう。
 
何とかしたいな・・・

とはいっても、
踊り以外に稽古事をする余裕は時間的にも精神的にもなく・・・
せめて月に2回ぐらい強制的に筆を持つ時間を確保する
環境を作れればと思っていたところ、
通勤の途中に通る、池袋コミュニテイーカレッジの教室の中に、
一つだけ月2回の書のクラスがあることを発見!
先生がどんな方なのか、どういうことをやるのかなど
何も知らず、ただ月2回でいいという理由だけで、
一念発起してそのクラスに申し込んだのです。
(なんと失礼な・・・・^^;)
それが金敷先生の教室でした。

でも、結果は大当たり^―^でした。

初めての日、見た金敷先生の筆遣いは、
(生意気に言わせていただくと)
無駄な力がなく、伸びやかで、それでいて力強く
「紙の上で筆が舞っている」ようでした。
「あれ?どこかで見たような」と思ったら、その運筆は、
「踊りの師匠達也先生の踊りの風に似ている!」

驚きでした。

教室の皆さん、ご自宅でも練習されている熱心な方々ですが、
自宅では踊りのお浚いの時間を確保するのが精一杯で、
[強制的に筆を持つ時間を確保する]ことが目的の私は、、
図々しくも教室の日だけ、そこで筆を持つという自分のペースで
続けてきました。
そして先生のご指導のおかげで展示会にも出品することに
なっていました。

不思議なものですね。

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