藤娘との再会

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本日から開催されている三駸会の書の展示会での
私の出品作品「藤娘」。
でも、実は、始めはこの字を出品するつもりはなかったのです。
これにまつわるいきさつをお話します。


金敷先生が、教室で「こういうの書いては、どうですか」と
淡墨をたっぷりとふくませた「藤娘」
という見本を書いてくださったとき、
藤娘を文字で表現するとこうなるのかと
素直に驚きました。
藤の花の朧な、ふわふわした感じと、
やや細めの線で躍動感のある娘の字は
私が藤娘を踊るときに、達也先生に
「この踊りは、まずきれいでふわーとした感じね。
でもお姫様じゃない、ちょっと生意気で元気な
そこらへんの女子高校生みたいな女の子よ。」
といわれたその藤娘が、
見事に文字になっているという感じでした。

とその字に感動したにもかかわらず、
自分がその字を書くことには、今一つ気が進まなかったのです。

それは、次のような理由からでした。
(題材は自由だったので)
1、すでに自作の俳句を書こうと思って取り組んでいた。
2、踊りに関することを、他の事に持ち込みたくないという
 こだわりがあって、とりわけ
 藤娘は私にとって、名披露目の舞台で踊って
 深くつきあって思い入れも強い演目なので、
 その演目とまた向き合うのは、精神的にしんどい。

二つの中で、2番目のことが私にとって大きかったのですが、
これは、個人的な思いなので、すごく説明が難しいことです。
思い入れの強いものというのは、深くかかわって大切なだけに、
それを他の形で安易に表現したくないという思いもどこかにあります。
加えて、私にとってその藤娘の舞台が、
直前に一番おきてほしくないような出来事が起きたため、
私にとって一番つらい思いをした、あまり思い出したくない
舞台であったからです。
(舞台そのものは無事に終えましたが)
その結果、藤娘は、特別な演目である一方、
つらい舞台を思い出すトラウマ的な
ものでもあったので、なおさらその題目と向き合って字を書くことには、
ちょっと抵抗があったようです。


でもせっかく先生がお手本を書いて下さって
いるのですから、とりあえず俳句の作品の合間に
一枚書いてみました。
先生のような藤娘の文字には、当然なりませんが、
たっぷりと墨を含ませて、紙面一杯に大きな文字を書いたとき
「この字、書くのなんだか気持ちいいな。」と
ちょっと感じたのを覚えています。

先生に見ていただくと、
これまで書いてきた句の作品より、
藤娘の一枚に「これいいんじゃない」と
軍配をあげられました。

字にも、相性みたいなものがあるのか、
最初にその文字を書いたときに、気持ちよく
筆が運ぶ場合と、そうでないものとがありますが、
実のところ、私が書きたいと思って取り組んでいた俳句の方は
書いたときの感じが、あまりしっくりしないものでした。

今思えば、その字に対する初めての感覚というのは、
正直なもので、先生は、字を通して、それを見抜かれていたのでしょう。

とはいえ、私としては、俳句のほうを出品したいと
思っていましたので、句のほうの作品に力をいれて
練習し、藤娘の方は、合間に書くという形で何とか、
俳句のほうの作品に軍配があがるようしばらく抵抗していましたが、
先生の軍配は、やはり「藤娘」。

このころになると、いつのまにか、どうやったら少しでも
藤娘らしい字に近づけるかと
真剣に取り組んでいるようになりました。

大きな木に藤の花が咲き乱れる華やかな藤娘の舞台と、
そこで舞う藤の精(藤娘)を思い出し、
イメージに近づくようと字に取り組んでいるときに、
舞台のつらい思い出や、トラウマのことなどどこか遠くに行ってしまって
いました。いい思い出だけがろ過されているようで、
美しい藤の下で、ひたすら舞っている藤娘の姿だけが頭の中に
再現されているようでした。
ですから、最初考えていたような精神的にしんどい思いなどせず、
作品に取り組むことができました。

それでも、俳句へのこだわりを捨てきれず
ぎりぎりまで俳句と藤娘の両方を書いていましたが、
最終決定で先生の、
「作品としては、どちらを出品しても大丈夫ですよ。
でも僕としては、藤娘を推しますよ。不本意かもしれませんが」
という言葉で、
出品作「藤娘」は誕生しました。
(私の中のどこかで、その言葉を聞く前に、
この結果になることを予想していたような気もします。)


作品の未熟さ、良し悪しはさておき、
今回、藤娘という字と向き合うことで、
自分のあの舞台の後、人の藤娘の舞台を見るのもつらく、
できるだけ藤娘に近づかないようにしていた
私の中の藤娘に対するトラウマ的な部分が少し
乗り越えられたよう気もします。

書によって藤娘と再会できてよかったです。
私にとって、陰となっていた「藤娘」に、また陽が照らされた
ような気がします。

藤娘と再会の機会を与えて下さった金敷先生に
感謝しています。ありがとうございました。

PS
初日に、足を運んでくださった、お稽古場の方々、
私の学校のMさん、ほんとにありがとうございました。

この記事へのコメント

絢也
2010年02月14日 11:22
「御習字の展覧会」だと思って
全然期待せず(すみません)足を運んだ私・・。

会場に入った瞬間
「書」という深い芸術からはなたれる
「気」をびしびしと感じて
ひとつひとつの作品を見てるうちに
自然に涙が出そうに・・・・。
だけど
泣いてる人なんてどこにもいない(笑)ので
すっごいガマンして見ていました。

しかーし!
喜也さんの「藤娘」が目に飛び込んできた瞬間
号泣。もうだめ。
怒涛のように押し寄せる感動。

「書」ってすごいね。
字って芸術だったんだ、って初めて知りました。

素晴らしい体験をさせてもらいました。
本当にありがとうございました。
yukiemi
2010年02月14日 21:06
あやさん
コメントだけでなく、ご自身のブログにも
書いてくださってありがとうございます。
踊りのときもそうですが、自分のことより、会全体のことに感動してもらえることが、何よりうれしいですね。書の先生や事務局の方々にも、あやさんの感想を紹介したいと思ってます。皆さんきっと喜ぶと思います。^^

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